ローコード・ノーコード開発が普及するにつれて「市民開発」という言葉がよく取りざたされるようになりました。市民開発とは「プログラミングスキルを持たない人材がシステム開発をすること」を指します。
そんななか「市民開発のメリットは何?」「なぜ注目されているの?」といった疑問を持つ方も多いことでしょう。
そこで今回は市民開発について、注目される理由、メリット・デメリット、成功事例などを解説します。
市民開発とは
市民開発(Citizen Development)とは、プログラミングをはじめとした開発者スキルを持たない非エンジニアが、ローコード・ノーコードツールなどを駆使してシステム開発、デジタル化を推進することです。
これまで一般的にシステム開発はすべて社内外のエンジニアに任されてきました。そのため「エンジニア工数が増える」「現場サイドと開発サイドで乖離が生まれてしまう」などの問題が起きがちでした。
市民開発を取り入れることで、スムーズかつイメージ通りにシステム導入ができます。
市民開発が注目される理由
いま市民開発は大きな注目を集めています。その理由について紹介します。
ローコード・ノーコードツールが登場したため
前提としてローコード・ノーコードツールの登場により、ドラッグアンドドロップなどでツールを開発できるようになりました。
これにより、専門的なプログラミングがなくても開発できるようになった点が挙げられます。これにより市民開発が一気に広まりました。
ローコード・ノーコードについては以下のページも参考にしてみてください。
人材不足を解消する必要があるため
日本では少子高齢化による労働人口の減少が進んでいます。もちろんIT人材も今後不足していくことが予測されます。
そのなかでシステム開発やデジタル化といった業務がエンジニアに集中してしまうと、リソース不足は免れません。そのため、非エンジニアによる市民開発の重要性が高まっています。
参考:経済産業省「第1部 特集 情報通信白書刊行から50年~ICTとデジタル経済の変遷~」
DX推進が求められているため
コロナ前から経済産業省は、DX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性を説いています。
DXとは「企業がビジネス環境の変化に対応し、競争力を維持・向上させるために、データやデジタル技術を活用してビジネスモデルや業務プロセスを変革すること」を指します。
企業のデジタルツール導入、データベース経営への転換など、開発の必要性は高まっている状況です。一方でIT部門のリソースは限られており、場合によってはDXのスピードが遅れてしまいます。
市民開発によって、非エンジニアがIT部門のリソースを補えます。するとDXがスピードアップするほか、社内のデジタル文化の醸成にもつながります。
引用元:経済産業省「デジタルガバナンス・コード2.0」
DXについては以下の記事でも詳しく紹介しています。ぜひ参考にしてみてください。
エンジニアの採用難を補うため
エンジニアのような専門的なスキルをもつ人材は採用が困難です。特にDX推進やAIなどの技術革新に伴い、優秀なエンジニアの需要が高まっています。
そんななか、すべての開発をエンジニア任せにしてしまうと、採用の遅れに伴い、プロジェクトもストップしてしまうことがあります。
市民開発を活用すれば、エンジニアの採用を待たずに開発を進めることができるため注目が集まっています。
市民開発のメリット
具体的に市民開発を行ううえでのメリットを紹介します。市民開発には以下の5つのメリットがあります。
- 専門知識がなくても開発できる
- 開発コストの削減につながる
- 業務効率化・生産性の向上が期待できる
- 短期間で開発できる
- 社員のデジタルリテラシーの向上
現場のメンバーが開発できる
現場のメンバーがシステムを開発できるのは大きなメリットです。
従来だと、現場のメンバーの要望をエンジニアが汲み取り、開発していました。その結果、現場が欲しいものと、開発側が作りたいものに乖離が生まれることも多々ありました。
その点、現場サイドが開発することで、理想通りのシステムを作れることがメリットです。
開発コストの削減につながる
市民開発によって、外部委託の開発会社に依頼する必要がなくなります。外注コストを大幅に削減できることがメリットです。
また社内のエンジニアチームは専門的なスキル・ナレッジを持っています。そのため一般的に人件費が高いといえます。そのほかステークホルダーが増えることで、連携の人件費も余計にかかります。
市民開発によって、こうした人件費を削減できることが魅力です。
業務効率化・生産性の向上が期待できる
従来の開発手法の場合、以下のステップで開発を進める必要がありました。
- 現場担当者が課題・ニーズを整理
- エンジニアに共有
- システム設計
- 現場担当者に確認
- 開発
- テスト
- 現場担当者からのフィードバック
- 保守・運用
- 問題があれば現場担当者がエンジニアに共有
- エンジニアが修正
一方で市民開発の場合は以下のステップとなります。
- 現場担当者が課題・ニーズを整理
- システム設計
- 開発
- テスト
- 保守・運用・修正
現場サイドと開発サイドとの連携・調整がなくなるため、業務が効率化されます。
短期間で開発できる
市民開発では、現場とエンジニアとの連携がなくなるため、その分の工数が短縮されるのが大きなメリットです。
開発での工数削減はもちろん、テストフェーズで大きく工数を削減できます。従来の方法だと、現場がその都度フィードバックをしてエンジニアが修正を繰り返します。現場業務の解像度が足りていないと、大幅な修正が必要になることも多く、多大な工数がかかります。
その点、現場で開発をすることで作り直しのリスクを軽減できます。
社員のデジタルリテラシーの向上
開発をエンジニアだけに任せていると、非エンジニアのITリテラシーが育ちません。市民開発を積極的に行うことで、社内全体が開発の知見を得られます。
こうした動きはDXを進めるためにも重要です。社内の各業務をデジタル化し、データを蓄積しながら改善することでDXは推進できますが、ITリテラシーがないとデジタル活用すら進まない可能性もあります。
その点、市民開発で社内の非エンジニアがデジタル活用を積極的に進められるため、DX推進にもつながります。
市民開発のデメリット
一方で市民開発には以下のようなデメリットもあります。
- 開発に対する知識習得が必要
- 管理が行き届かなくなる可能性がある
- 社員の業務負荷が増える可能性がある
こうしたデメリットを先に理解し、対策方法を定義したうえで市民開発を進めるようにしましょう。
開発に対する知識習得が必要
市民開発では、通常ローコード・ノーコードツールを用いて開発をします。そのため高度なプログラミング知識などは必要ありません。
しかしローコードを扱ううえで、一部プログラミングが求められることがあります。またノーコードツールでも開発の仕組みなどを理解していないと、ツールを使いこなすことができません。そのため一定の開発スキルは必要です。
そのため、市民開発を行う際は、事前に教育や研修で「開発の基礎」「ツールの使い方」などをレクチャーしましょう。また開発サイドからアドバイザーを招くなどの工夫が必要です。
管理が行き届かなくなる可能性がある
システムは開発した後の保守運用が重要です。開発した後は主に以下の業務が必要になります。
- サーバやインフラのメンテナンス
- 必要に応じてシステムのアップデート
- バックアップ対応
- トラブルシューティングとシステム復旧
- CPU、メモリなどの監視
- チューニング
- アクセス状況の監視
- セキュリティのチェック
- データベースの更新
市民開発で進めた場合、保守運用の知見がなく「作って終わり」になりがちです。そのため事前に保守運用の体制を整えておくことが重要です。そのうえで担当者に向けてレクチャーする必要があります。
社員の業務負荷が増える可能性がある
市民開発を担う非エンジニアは、基本的に現場での業務を抱えています。通常業務と並行して開発する場合、業務負荷がかかりすぎてしまい、本職でミスや漏れを招いてしまう可能性もあります。
そのため、事前に開発をするメンバーの業務負荷を軽減するようにしましょう。開発期間に関しては本職の業務を他のメンバーに振り分けるなど、バランスを取る必要があります。
ノーコード市場は伸び続ける
ITRさんのレポートでは以下のように記載されています。
- ローコード/ノーコード開発市場の2022年度の売上金額は709億4,000万円、前年度比16.0%増
- ローコード/ノーコード開発プラットフォームは、自社データの利活用を促進し、ビジネスを活性化させる業務アプリケーションを迅速に開発するためのツールとして認知度が向上
- 今後もDXや業務改革の推進に伴う導入の拡大が見込まれる
サイボウズのkintoneのCMで「ノーコード」という言葉が一般層にも認知されるようになり、市場が拡大。また、ツールの機能も高度化し、業務に必要な機能をノーコードで実現できる範囲が広がっています。
ツールベンダーからも教育サービスの拡充が求められており、ノーコードを活用した研修プログラムを提供する企業が増加すると予想されています。これにより、市民開発を推進するための人材育成が促進されるでしょう。
ノーコード×AIは相性が良い=市民開発拡充に後押し?
ChatGPTなどの生成AIが急激に伸びている昨今、「プロンプトだけでサービスが作れるならノーコードは要らないかもね」という意見も少なくありません。
ただ、生成AIは、チャットインターフェースを通じて指示を与える形式が一般的ですが、業務においては毎回チャット画面を開いてプロンプトを入力するのは非効率。一方、ノーコードツールは、既存の業務システムやワークフローに組み込みやすく、生成AIの機能をより自然な形で業務に統合できます。
従来、業務の自動化はプログラミングによって実現されていましたが、生成AIの登場により、日本語などの自然言語で指示することで自動化処理を記述できるようになりました。ノーコードツールは、このような生成AIによる自動化処理を、ドラッグ&ドロップなどの直感的な操作で組み込むことができます。
- Dify
- FlutterFlow
市民開発の成功事例
最後に市民開発によって生産性向上を実現した企業の成功事例を紹介します。
LIXIL
LIXILは市民開発に積極的に取り組んでいる企業です。「アジャイルで起業家精神にあふれた企業文化の構築」を目指しており、デジタル民主化を進めています。
非エンジニアの社員がノーコードで作成したアプリは1年間で2万件以上です。そのうち約860のアプリがLIXILの正式な管理ツールとして使われています。これにより、業務の自動化やプロセス改善が進み、現場の効率が大幅に向上しました。
LIXILの事例で見習うべきは「一人ひとりの起業家精神が宿っていること」です。現場のメンバーが自身で課題解決のためのアイディアを考え、自主的にツールを開発しています。その結果、短期間で膨大なツールが作られました。
参考:LIXIL株式会社「「デジタルの民主化」従業員が自ら考え、行動する、新しい企業文化」
大東建託
大東建託では『統合データ基盤』『データ分析基盤』でデータの取得、分析をしつつ、『市民開発基盤』を構築し、全社員が自ら必要な機能を開発できる状況を実現しています。
もともと同社では、投資対効果が高い案件は優先的にシステム開発を行ってきました。一方で投資対効果が低い案件に関しては、アナログ業務が必要になっており、工数増大、属人化が課題になっていました。
そこで「DX推進部」が主体となり、市民開発基盤ツールを整備しました。市民開発を行う場合は、DX推進部に稟議を通すことで、開発方法のガイダンスやサポートを受けつつ、開発、運用ができます。そのため初心者でも安心です。
その結果、主に以下のアプリケーションが開発、運用されています。
- 新卒採用の面接日程調整用アプリ
- フリーアドレスの座席抽選アプリ
- 工事課の問い合わせ先確認アプリ
- 請求書の支払に関する帳票の出力と申請発信アプリ
大東建託では、市民開発を進めるうえでシステム開発に詳しいDX推進部がサポートを行っています。こうした体制があることで、非エンジニアの社員が手を挙げやすくなるのが成功要因の一つです。
参考:大東建託株式会社「社内DXプラットフォーム『市民開発基盤』の構築についてご紹介!」
ジヤトコ
ジヤトコは、自動車の自動変速機開発などを手掛ける企業です。世界的にも大きなシェアを誇る、日本を代表する製造会社といえます。同社はDXの取り組みの一つとして市民開発を始めました。
もともと社内のシステム開発フローには大きな課題がありました。業務部門が情報システム部門に開発依頼をした後、情報システム部門が外部SIerに依頼、外部SIerが下請けの開発会社に依頼……多重下請け構造によってシステムが開発納品されていたのです。
これにより一つのシステム開発に膨大な時間と費用がかかっていました。
そこで同社はローコード・ノーコードツールを導入。情報システム部門はあくまで開発環境の整備に留まり、実際の開発を業務部門で進めました。
なかでも「発注先選定業務」をシステム管理したところ、紙の帳票を年間11万枚、捺印を5万回削減できました。リードタイム全体を40%削減に成功し、金額にして年間2,000万円のコスト削減を実現しています。
ジヤトコのように、システム開発についてコストの無駄を自覚することが、市民開発の第一歩といえます。まずはコストをきちんと洗い出しましょう。
参考:Darsana「「市民開発」で2000万円のコスト削減も——ノーコード開発成功のために情シス部門がすべきこと」
味の素
味の素も積極的に全社的なDXを進めている企業の一つです。2023年にはDX銘柄に選定されています。
そのうえで市民開発を進めており、具体的には「市民開発推進拡大の戦略策定」「市民開発者の人財育成」「市民開発コミュニティの活性化」の3つをテーマにしています。実際の開発はMicrosoftのローコードツールであるPower Platformを活用しながら進めています。
具体的には「食品の原料を検索できるアプリ」や「市場調査ができるアプリ」などが開発されました。市民開発を行う「Power Platform市民開発コミュニティ」の参加者は全社で450名以上が参加しているなど、社内文化として定着しつつあります。
味の素の事例では、まず「コミュニティ・文化を確立することの大事さ」が分かります。新しいことを進めるにあたって、一定の反対意見が出ることも多いです。そのなかでハレーションを起こさずに進めるために、細かくロードマップを作成して市民開発に積極的な社員を増やしていることが特徴です。
参考:NTTデータグループ「味の素×NTT DATA、全社員がDX人財となる市民開発へ!」
まとめ
今回は市民開発について、求められる理由、メリット、デメリット、成功事例を紹介しました。DXを達成するにあたって、市民開発は必須です。各社員のリテラシーの醸成につながりますし、スピード感をもってデジタル化を達成できます。
ただし、市民開発を行うためには社内エンジニアの協力が必須です。社内にエンジニアがいない場合は、外部に開発を委託しつつ社内の開発スキルを養う必要があります。
弊社・ファンリピートでは各社の生産性向上を実現するためのシステム開発を行っています。ローコード・ノーコードツールを利用して開発するのが特徴です。「ゆくゆくは市民開発を進めたい」と考えている方に向けて、開発手法をレクチャーすることもできます。
市民開発に興味がある方は、お気軽にご相談ください。